新しい自分の発見

ツイッターに書いた、先日の出来事↓

 

たまたまスーパーで妖怪もののメダルを初めて買うことができた。

たくさん入荷していて、順番にみんな買えてる。

 

どこかのお母さんの集団が血走っていて、店員さんにくってかかってるもよう。

レジの人に「大変ですねー」というと、「ありがたいけど怖いです」って。

 

我が子のために買うの必死なのわかるけれど、わかるけれど

本当に子どものためなのか、何が本当に子どものためなのか。

同じメダルならんで買いながら考えるのです。

 

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このこと、ずっと考えてるんです。

答えは簡単にはでないけれど、ずっと考えつつ

ふと気が付きました。

 

この出来事は、私にとって「考えなければならないこと」ですが

 

もう一つの側面としては「チコリの性質」について物語っているように

 

思えます。

 

『子どものため』や『誰かのため』にと思うこと。

愛情の表現。

 

なぜか、花を注意深くみたりその姿について考えたりしていると

関連のある出来事がおこったりします。

 

今回のことは、私にとっては

 

「あれ、私もあの人たちと同じように行動しているな。」

 

ということと

 

「チコリという花のバランスが崩れたときの『独占的態度や欲求を通して

愛を表現する』というのに当てはまりそうだな」

 

になるのです。

 

このことは、一見「自分のあらたな悪いところを発見していやな感じ」

にもなりますが、一方で、そして、とても大切なこととして

チコリに代表される自己中心的な状態がバランスされれば

「自分のためや利害を考えずに愛を自由に与えることができる」

 

 

可能性を見せてくれます。

 

 

この出来事は、チコリのそして4チャクラのバランスのことでも

あったのだなぁと思うのでした。